鮭がかえる川のまち、村上。塩引き鮭と、鮭を守った人の話
三面川の鮭と、鮭を守った藩士・青砥武平治、そして各家でつくる塩引き鮭の話。
食べる歴史 提供なし(自主取材)
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村上では、鮭のことを「イヨボヤ」と呼びます。鮭が川に帰ってくる季節になると、家々で塩引き鮭づくりが始まります。
平安のころから、鮭のまち
村上を流れる三面川の鮭は、平安時代に都へ納められていた記録が残っています。村上と鮭のつながりは、とても古いのです。
鮭を守った武士、青砥武平治
江戸時代の中ごろ、鮭が減って、村上藩の財政は苦しくなりました。そこで、藩士の青砥武平治が、鮭は生まれた川に戻ってくる、という性質に目をつけました。川に分流を設けて鮭が産卵しやすくし、産卵や稚魚の時期は漁を禁じる。これが「種川の制」です。長い年月をかけて整えた結果、鮭は増え、藩の財政を助けたと伝えられています。市の紹介では、世界で初めてサケの自然ふ化増殖に取り組んだ人とされています。
鮭が帰ってきたら、塩引き鮭づくり
鮭の遡上は、例年11月下旬ごろから始まります。「鮭が帰ってきた」と聞けば、各家で塩引き鮭をつくり、年取り魚にします。お祭りのお膳には、「鮭の酒びたし」が並びます。三面川では、伝統の居繰網漁を見学でき、鮭に感謝する「鮭魂祭」などの行事も毎年開かれています。
出典
出典・開示
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